世界の主要都市の地図やガイドブックを作る仕事をしているくせに、飛行機嫌いで小学生のとき以来一切外国に行っていない。しかし各国の政情や民俗・習慣に関心があるので、日本と○○国の比較論、みたいな本が結構好きでよく読む。
マンド業界人である以上イタリア関係のも読むが、この前読んだイタリアのスローライフマンセー!!というノリの本(タイトル・作者は伏せる)にはちょっと違和感を感じた。 イタリア在住の日本人の奥様(たぶん商社の駐在員の)が、イタリアの友人たちの豊かなスローライフと、日本人の仕事に明け暮れる悲惨な生活を比較し、経済的には豊かなはずの日本人はイタリア式心の豊かな生活を目指すべき!と鼻息を荒くしているありがちな展開。 経済論から音楽論、ついにファッション論に及び、イタリア人は美男美女が多いが、日本人は体型も顔もアレなので洋服は似合わないから着物でも着とけ、と大和民族伝統体型を有する自分からすればミもフタも無いことを指摘している。
まぁそれはともかく、著者の方よ!イタリア人の一部の上・中流階級と日本人の大部分の一般サラリーマンを比べてはいけない! われわれ日本の庶民が、この本で言う「ごく一般の」イタリア人のごとく毎年夏休みを1ヶ月取って、別荘で毎日遊び暮らすことが現実にできるか・・・悲しくなるがおそらくそんなことは一生不可能であろう。 日本人だって出来ればのんびり遊びたい。好きでくたくたになるまで働いているんじゃない。そうせざるを得ない状況なのだ。
フォローすると、この本にはそれとは別にラテン人特有の家族愛、宗教心から来る素朴な倫理観、明るく親切な性格、自信にあふれた自己主張とコミュニケーションのうまさなど、日本人が見習うべき点が実例をふんだんに挙げて紹介されているところは非常に共感できる。
ところで著者はイタリア人が仕事は短時間で切り上げ、遊びや楽しみにお金と時間をふんだんに使えるのは、年金制度・社会制度が過剰なほど充実しているからだという。確かにその側面はあるだろうが、果たしてそれはイタリアに住んでいる人全員が手にすることが出来るものなのか?
資源の開発で世界的に凄まじい勢いで森林が減っている中、意外にもその資源の消費先ヨーロッパは全アフリカの約1.5倍、全アジアの約2倍の世界最大の森林面積をキープし、しかもここ数年はむしろヨーロッパの森林面積は増えているという事実(世界森林白書05年)をどう見るのか? 手っ取り早く言えば、この著者が現地の友人たちと優雅なバカンスを過ごす海辺は、毎朝ゴミひとつ無いように完璧に管理されているとのことだが、その掃除はどこ出身の誰がやっているのか?ということである。
要するにこの本でしきりに言うヨーロッパの「豊かさ」とは貧しき人々の犠牲の上に実現した、なんともほろ苦い傍若無人な「豊かさ」なのだ。
しかし今回言いたいのはそれではなく、比較論について。 A国の上流階級の人間とB国の大衆階級の人間の生活を比べて、その上でどちらがよい国かは当然比較にならないということ。 人間も同様、Aという人の長所とBという人の短所を比べても比較にならない。いやそれを言い出した時点でAに完全に肩入れしているということで、もう結論は見えているということ。そしてそれはAの欠点に目をつぶり、Bの長所を見落とす結果となり、かなり危険である。
音楽・演奏は批評するものでも比較するものでもないが、するとしたらこの点だけには気をつけたいものである。