2007年5月23日

キャスティングの妙

めぞん一刻がドラマ化するらしいが、キャストを聞いてやはり納得できない。アニメ放映は高校生くらいの頃だったが、今見ると、いや今見ればこそあの面白さが分かる。切なくて歯がゆいのだ。

めぞん一刻のファンならば島本須美が声優を演ずるあの管理人さんに思い入れがあることは言うまでも無いが、それが伊○美咲とは・・・あんなんじゃない。
四谷さんも岸辺一○じゃ年をとりすぎだし、一之瀬さんが岸本○代子では貫禄が違う。唯一高橋○美子のアケミさんだけは楽しみである。

こうなってくると以前映画化されたときの石原真理子(これも違うのだが)石黒賢、イブマサトウ、藤田弓子、宮崎良子のほうが、まだいいといわねばならぬ。

とにかく音無響子のキャスティングだけはめったなことでは納得できないというのがファンの心理である。自分も考えてみたが、南野陽子以外思いつかない。あとは有森也美、安田成美ぐらいか。どうしても80年代になってしまうが現代で言えば・・・黒川智花くらいか。五代は国分太一とかその辺の垢抜けない俳優。
四谷さんは現代の俳優なら浅野忠信とか松尾スズキ。一之瀬さんは文句無しに柴田理恵。あけみさんは青田典子とか国生さゆりとか。三浦理恵子か永作博美でもいい。

ドラマはキャスティングで決まってしまうから、岡目で見ている人は何かといいたくなる。
でも、今回のキャスティングでもそれはそれで慣れてしまえばベストバランスと思えてくるのだろう。予想外のはまり役も出てくるかもしれない。

急転直下の落ちのようだが、実はオケもそうなのだ。
バッカスというドラマも毎回微妙にキャスティングが違う。みんなに役柄がありみんなに台詞がある。この台詞をいうのは去年ならあの人だった。この役柄は来年はあの人かもしれない。でも今年のこの役は君しかいないのである。

本番(最終回)を迎える時、振り返ってみると、ああ、この人しかいなかった。というベストキャスティングであると信じている。

2007年5月22日

バラライカオケ・ドムラ・フォーミン・・・

「バラライカ物語」を読んだ。故・北川つとむ氏も序文を書いている。100年以上も前にバラライカ・ドムラといったロシア民族楽器を復興し、民族オーケストラを創始したV.V.アンドレーエフ氏の伝記である。

バラライカのあの形は、貧しい農民が4枚の三角の板という最小限の材料で作ったためだとか。(初期のバラライカには裏板や側板はなく、ちょうど裏を頂点とする三角錐のような貼り合わせ方をしていた)農夫が弾いていたバラライカをふと聞いたのがきっかけで、アンドレーエフはその魅力に取り付かれ、自ら名手として、奏法や楽器の構造を研究して、バラライカを芸術にまで高めていく。
アンドレーエフの演奏を聴いて集まってきた仲間と楽団を組み、練習するアンドレーエフだが、素人だからといって絶対妥協しない。細かいところまで全員が自由自在に表現できるまで練習を繰り返す。アンドレーエフの言葉がいい「人々に受け入れられる唯一の方法は自ら心をこめて歌うこと、すべての人々と感情を一つにして演奏すること・・・」これは勿論あらためて僕らも肝に銘じなくてはいけない言葉だ。

当時の音楽界からは農民の卑しい楽器と半ばバカにされ、大して期待していなかった聴衆の前で、アンドレーエフとその楽団は見事な演奏で聴衆を熱狂させてしまう。ヨーロッパ各地でセンセーションを巻き起こし、ついにはチャイコフスキーまでがバラライカの音色に感激する・・・。

以前からオシポフバラライカオーケストラのCDにはまったり、現代ドムラの名手・グーセヴァやナターリャの演奏会を見に行ったりして興味があったのだが、マイブームが再燃してしまった。
そもそも単弦でありながらあの深くてやわらかい響き、途切れることの無いトレモロが出来るのはなぜであろう?マンドリンの奏法への重大なヒントが隠されている気がしてならない・・・

それに今回アンドレーエフの盟友としてフォーミンが出てくる。僕の大好きな「シンフォニック・ポエム」の作曲者である。リムスキーコルサコフの弟子だったらしい。こうなると、ロシア民族オーケストラ、ドムラ、フォーミン、というキーワードが三題話のように頭から離れない。いつか何らかの形でこのイメージを実現したいものである。

まあ、ここ数年ロシア物ばっかりだが・・・

2007年5月21日

アブ・ノーマルテンションで行こう!

以前18年間使っている愛器のことを書いたが、今回は弦について。僕はどちらかというと音量重視派である。生音でホールで聞かせる以上、一定以上の音量は必須条件と考えている。汚い音は論外として、美しくて大きい音・・・ここが泣き所であるが。

そんなわけでこの18年間、オーガスチンの青を張り続けてきた。硬くて張りがかなり強く、マンドリンオケでも十分存在を主張できる音量、低音絃のキレのある立ち上がり、高音絃の輝かしく明るい響きが魅力である。
しかし、最近デュオや独奏をやるようになって、自分の音の粗さや当たり外れの多さが気になってきた。指に力を入れてガシガシ弾く癖がついているので、緊張が指先に伝わりやすく、ミストーンや音落ちが多いような気がするのだ。

そこでいろいろ調べてまず極端に張りの弱いハナバッハの黄を張ってみる。と、信じられないくらい柔らかく弾きやすい。特に低音はゆっくり響かせるようにしてあげれば、なかなかの音量である。
しかし、速い曲で伴奏などして見ると低音の発音の遅さに切歯扼腕!高音もペソペソして弾いた気にならない。この音は絶対自分の音じゃないと確信。
次に何を張るか?かつてジュネスで音質と音程をそろえるためにプロアルテを張らされたことがあるが、当時は物足りなくてすぐに青に戻した。
しかし人に聞いてもやはりプロアルテが無難か。この機会に絃の張力を本やHPで調べてみたのだが、結局詳細な値は出なかったもののオーガスチンの青は6本合計で約43キロくらいあるようだ。プロアルテノーマルは約39キロ。いかに張りの強い弦を使っていたかがわかる。

18年酷使した楽器をいたわる意味もこめてプロアルテノーマルを張ってみた。
音量は85%くらいになった感じだ。しかし元が出過ぎていたのだからこれは我慢する。低音はちょっと発音が遅く、高音も輝かしい感じはない。しかし全体にバランスがよく、品がある感じだ。

この弦を張って、デュオのミニコンサートの本番で試してみた。結果は・・・よかった。何しろ弾きやすい。左手への負担が少なく、楽に弾けるせいかミストーンや音落ちがほぼなかった。音程もよく、ホームランはないが三振もないといった感じである。

今後しばらくはプロアルテノーマルテンションを張ってみようとおもっている。しかし・・・バッカスの練習は別である。今年も熱過ぎる曲が並んでいる。バッカスに関してはクールなスタイルでいられない。
絃も頭の線もアブ・ノーマルテンションで行きたいものである。

2007年5月8日

GW・合宿報告

5月である。一番大好きな季節である。思わず「風が♪踊○♪5月の街で~♪」と歌ってしまう(古っ)
今年は結果的に9連休になってしまった。前半は釣りに行って自然に癒されたりしつつ、実家に帰ったりして過ごした。
特に今年は鴻巣にはわざわざ東松山からバスで行き、半日を使って懐かしい街をじっくり歩いた。

なんと中途半端な駅ビルが建設中であった。それ以外は大して変わらない街をぶらぶらして、昔からある駅前のミスドで展覧会のスコアを読み込む。その後、十数年ぶりに出身小学校に行く。広く感じた校庭がこんなに小さかったのかと慨嘆。校庭に生えている3本の樹齢百年超のケヤキは健在であったが一本が大きく傾いていた。
実家に泊まるが、この辺はもう子供も若者も少なく静かな夜だ。昼間思い出の場所を回ったせいか、来方行く末を思い、物思いにふけってしまい眠れなくなる。

連休後半はバッカスの春合宿である。
好天の初日、すごい混雑の中電車で岩井へ・・・
譜面合わせのあと、小川君の威風堂々。なんとティンパニが入り、贅沢である。かつ合奏が締まった。
僕の「交驚詩・はげ山はホラーパニック!」も披露。これは、ムソルグスキーの「はげ山の一夜」をベースにクラシック・映画・TV・POPSなどのあらゆるホラーミュージックがわずか7分半に17~8曲も登場するという、超特急フラッシュメドレー。
メドレーはヘンリーマンシーニ以来だが、この騒々しいノリはバッカス初期のドリフメドレーに近いものがある。
その夜は合奏後フルートとボサノバを楽しむ。こういう遊びも合宿の楽しみの一つ。
この夜は初日打ち上げに少しだけ参加したが、あまり飲まずに早々に引き上げたのに朝まで眠れなかった。

2日目は朝からギターのパー錬、終わった後は午前の自由時間である。この日は伝統の儀式の日であるが、若人たちが風邪気味で禊は僕一人であった。
嘆かわしいことである!しかし、伝統を途切れさせるわけには行かない。
かつてこの安房の海を渡る倭建命のために荒海に身をささげた弟橘比売命の故事を思い、37歳の体に鞭打って褌を締め、宮城を遥拝したあと、冷たい海に全力疾走した・・・

2日目午後・夜はヴァージナルと展覧会を中心に合奏。
ヴァージナルはみな弾けてきて、音に厚みが加わった。微妙なニュアンスもつき出して合宿前からすれば大きな躍進である。

展覧会も、厚みが加わり、後回しにしていた弾けなかった部分を重点的にやる。
この合宿ではあまり叩かずに、振って練習する。

合奏はとにかく呼吸である。管楽器も弓奏楽器も打楽器も少なくとも上半身を使うので自然に呼吸が身につくが、マンドリンは指先だけで弾き出してしまう傾向のある楽器だ。

とにかく呼吸を合わせることを繰り返し徹底させるとオーケストラがまとまってきた。
特に最難関のグノームスは呼吸が命。古城は音質をそろえるのが難しい。音取り苦手な人にはつらいリモージュはところどころ落ちながらも全員で何とか最後まで皮一枚つながる感じ。
すばらしいのはやはりキエフ。最後にこれがあると思うとどんなに難しくとも報われる。

とにかく合宿前からは大飛躍である!
願わくはこのテンションのまま6月まで突っ走れますように・・・
練習後は有志でアルフィーを歌う会。懐かしい。
その夜は打ち上げは恒例のコールとたくさんの新人さんの自己紹介を肴に銘酒を飲む。北海道からはるばる参加の林さん(バッカス前指揮者)とも久しぶりに談義に花を咲かせた。

3日目はこの合宿のまとめ。数年前は3日目の合奏は、2日酔いの人が多くヘロへロだったのだが、最近はそういうことが無く、むしろ一番いい。

こうして、音楽、酒、歌に明け暮れた合宿が終わったのである。
毎回思うが、こういうことができることは幸せである。合宿が終わり連休最終日の雨の一日、一抹の寂しさを覚えつつそう思った。